【書評】欠乏の行動経済学|欠乏は人の心を占拠する

記事内に広告を含みます

欠乏は人の心を占拠する。飢えた被験者が食べ物のことを考えたのと同じように、人はどんな欠乏でも経験すると、それに心を奪われる。心は自動的に、いやおうなく、満たされていないニーズのほうを向いてしまう。ーいつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学

こんにちは、アズキです。

「時間が足りない!お金が足りない!」

人間なら誰もが一度は思ったことがあるでしょう。この「足りない」という欠乏感は、自分の持っているものが必要だと感じるものより少ないときに生じます。

本書は、欠乏という状態は人の心にどのような影響を与えるのかについて書かれています。欠乏の心理に関しての本であり、時間の活用術のようなノウハウは書かれていません。

原書のタイトルは「SCARCITY: Why Having Too Little Means So Much」、著者はハーバード大学の経済学教授とプリンストン大学の心理学教授の2人です。

僕は人間が無意識下でどのように考え行動するかに以前から興味があって、この本の前にも心理学や行動経済学に関する本を読んでいます。ですが欠乏という観点は聞いたことがなく、欠乏の行動経済学という副題が気になって本書を読んでみました。

欠乏のメリットとデメリット

欠乏によって物の見方が変わり、選択の仕方が変わる。これが強みになって、その瞬間は有能になる。しかしそれには代償もともなう。のめり込んでしまうせいで、ほんとうは大切にしているものをおろそかにするのだ。ーいつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学

集中ボーナス

欠乏によるプラスの効果として集中があげられています(本書では集中ボーナスと呼ぶ)。テストの数週間前だと集中できないのに前日になると集中力が上がるあれです。時間がなくなり締め切りが差し迫っていると、他の事を気にすることなく生産性が上がります。

注意したいのは、締め切りがあるふりをすることは至難の業で、欠乏によるボーナスが生じるのは無意識的であるということ。

とある簡単な実験が行われました。被験者に画面を見せ、一瞬だけ単語を表示させます。見えた単語が何だったかを答えるという課題です。空腹の人と満腹の人を用意して結果を比較すると同じくらいの成績でした。

しかし食べ物に関する単語(例えばCAKE)に関しては空腹の人の方がはるかに良い成績を取ったというのです。表示させた一瞬という時間は33ミリ秒で、これは反射的な無意識のプロセスに依存する速さです。

つまり心の持ち主が望むかどうかに関わらず、欠乏は心に作用するのです。

トンネリング

欠乏という状態は集中ボーナスを得る代わりにトンネリングを引き起こすといいます。目先の欠乏に対処することにひたすら集中してしまい、他の物事をトンネルの外に追い出し、シャットアウトしてしまう現象です。

間近に控えるゼミ発表のことで頭がいっぱいで、好きなアーティストのチケット申し込みを忘れてしまうといったようなことです(実体験)。大切ではないから忘れてしまうのではなく、他の事に集中しているせいで本来大切なことさえも忘れてしまうといいます。

欠乏にはプラスの影響(集中ボーナス)とマイナスの影響(トンネリング)がありますが、人は費用対効果を考えてトンネリングを選択をすることができないと述べられています。繰り返しになりますが、欠乏は無意識のうちに人の心を占拠するのです。

処理能力への負荷

開かれているアプリケーションが多すぎて動作が遅くなるプロセッサーと同じように、この場合の貧しい人たちは、処理能力の一部がほかで使われているために、能力が劣っているように見えるのだ。ーいつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学

ここでいう処理能力は、注意を払う能力や賢明な判断をする能力といった包括的な能力を指します。欠乏状態になると人は本来持っている処理能力を発揮できなくなるといいます。

富者と貧者の間には異なる点が多過ぎるため、貧乏という欠乏と処理能力の関係を単純に調べることは難しいです。

そこで本書では農民を被験者として実験しています。農民は収穫時期に一度に多額の収入を得るので、同じ人でも1年で裕福な時期と貧乏な時期があることに注目したのです。

その研究で行われた処理能力テストでは、同じ人でも貧乏な時期のほうがはるかに悪い成績でした。金銭に関わる心配事によって、一晩徹夜した後と同じくらい大きくの処理能力が損なわれることが分かったのです。

さらに時間とお金だけでなく、ダイエットや孤独、心配事でも知性の一部が欠乏によって占拠されると述べられています。

スラック

スラックはたんなる非効率ではなく、心のぜいたくでもある。ーいつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学

資源がありあまっている結果として生まれる余地を本書ではスラックと呼んでいます。

欠乏状態を抜け出すためには、このスラックを持たせることがポイントだと述べられています。

ある病院の手術室は予約でいつもいっぱいでした。手術が必要な急患が運ばれてくるたびに手術の計画か崩れ、調整に追われていたのです。病院が招いたアドバイザーの提案は、手術室を1室常に空けておき、それを急患専用にするというものでした。

手術には計画的なものと計画外のものの2通りあります。当時、手術室は計画的な手術で予定が埋まっていたので計画外の手術が生じると全体のスケジュールを見直す必要がありました。

計画外の急患が生じることを予期してスケジュールにスラックを作っておくことで、予定されている手術が予定外の手術に邪魔されることがなくなり、手術件数は10%ほど増加したといいます。

予定外の出来事を予定しておき、あえてスラックを作っておくことで欠乏状態から抜け出すことができた例です。

ゆるふわなまとめ

生活の中の経験則が言語化されていて納得できることがいくつもありました。

欠乏という状態が自分の知性や判断に影響している、それも無意識のうちに、という発想が面白かったです。時間やお金といったような心配事があるというだけで、頭の中の余裕が削られているというイメージを持ちました。

自分が何に欠乏しているのかを知り、それにスラックを持たせるような工夫をすることで、平均的なパフォーマンスを引き上げることができるかもしれません。

心の余裕は豊かさを感じることにつながります。ワークライフバランスという単語が流行っていますが、仕事とプライベートのどちらも充実させたいというよりかは、心に余裕がある生活がしたいというのが本質のような気がします。

おわり